学校環境

横浜三塔

キングの塔(神奈川県庁本庁舎)・クイーンの塔(横浜税関)・ジャックの塔(横浜市開港記念会館)は、地元では「横浜三塔」と呼ばれ、横浜港のシンボルとして長年市民に親しまれている。 今となっては周りにビルが建ち目立ちにくくなってしまったが、建った当時は他に目立つ物はなく、横浜港に入港してくる船の目印になっていた。

横浜赤レンガ倉庫

赤レンガ倉庫(新港埠頭保税倉庫)は、明治時代の終わりから、大正時代の初めにかけて建設された。 当時の横浜港は、1859年(安政6年)の開港から半世紀を経て、近代的な港湾の整備が横浜市にとって急務となっていた。1889年(明治22年)には第1期築港工事が始められ、大桟橋、東西防波堤などの整備が進められた。これに続く1899年(明治32年)には、横浜税関拡張工事の名目で大蔵省が主導して、第2期築港工事が始められた。

山下公園

昭和5年3月に開園した山下公園は、横浜の公園の中で一番知られているといってもよいでしょう。 関東大震災の復興事業として市内の瓦礫などを大正14年から4年がかりで埋立て、上部を良質な土で覆土して造成が行われ、公園の基本的な形ができあがりました。 当時は、現在の沈床花壇の部分が船溜まりになっており、現在も氷川丸の横にある小さな橋がそのなごりをとどめています。

みなとみらい21

みなとみらい地区は、横浜都心部の一体化と強化をめざしたウォーターフロント都市再開発として建設されている街である。 1980年代までは、当地には、三菱重工横浜造船所、国鉄高島線の高島ヤード(操車場)・東横浜駅(貨物駅)、高島埠頭があった。

中華街

横浜中華街(よこはまちゅうかがい)は神奈川県横浜市中区山下町一帯に所在するチャイナタウン(中華街)。以前は唐人町や南京町と呼ばれていた。 華僑の出身地は広東省が比較的多いが、各地に分散している。上海路、中山路、福建路など、地名を冠した路地が交差しており、各路地には、当地の出身者が多い。